2008年11月18日

二毛作店というらしい。

昨日の西日本新聞の記事で、知っている店が二毛作店という事で載っていた。

知っている店が載っているとうれしいもんですね。

しかし、店内の作りについてあんまり深く考えてなかったので記事を読んで知った

事に、少し反省です。

しかし、今日は晴れてよかったです。

昨日の予報時点は曇りのち雨だったので。

今日は外にいる事が多い予定だったので雨が降ったら本当に困るところでした。

丁度、築上町近くまで今日行くので天徳寺というところ参拝してこようかな。

大飢饉 藩に背いて民衆救済 義士の位牌172年ぶり発見 小倉藩の延塚奉行 築上町天徳寺「本当の供養を」

天保の大(だい)飢(き)饉(きん)にあえぐ民衆を自らの命をもって救済した1人の義士がいた‐。江戸時代の1836(天保7)年、凶作に困窮した農民を救うために年貢の軽減策を藩に無断で行い、自害した小倉藩築城郡筋(すじ)奉行、延塚(のぶづか)卯右(  う  )衛(え)門(もん)(1782‐1836)の位牌(いはい)が、福岡県築上町本庄の天徳寺(溝口浩久(こうきゅう)住職)で、死後172年ぶりに発見された。奉行を今も慕う住民たちを感激させている。


 延塚奉行は同県苅田町の生まれ。筋奉行だった1836年、天候不順による天保の大飢饉は築城郡でも深刻だった。小倉藩では苗用の米などを藩が貸与する「根(ね)付(つ)け料」の制度があり、農民は年貢米の納期に元利とも返済することになっていたが、凶作にあえぐ農民は根付け料の免除を訴えていた。

 しかし、藩は認めず、年貢米を徴収する大庄屋も困って役目の返上を願い出るありさまで、窮状を知る延塚奉行は藩と民衆との板挟みとなった。「このままでは農民が離散しかねない」と考えた奉行は、藩に無断で根付け料の免除を決断。その代わりに責任をとって切腹し、延塚家は家禄(かろく)断絶(後に再興)となった。

 溝口住職によると、位牌は今年4月、寺の位牌堂を整理した際、棚の奥から2つに分離された状態で見つかった。この地域の歴史に詳しい「いのちのたび博物館」(北九州市八幡東区)の永尾正剛歴史課長は「延塚奉行は藩にとっては謀反人。堂々と祭ることははばかられ、位牌は隠されたのだろう」と推測する。

 延塚奉行は住民にとって尊敬の対象で、溝口住職は「自分さえ良ければいいという風潮が強い今、奉行の行いは日本人の美徳を教えてくれる」とたたえる。

 今年は12月21日、築上町の延塚記念館で奉行の追善供養祭がある。顕彰会会長の新川久三町長は「これで本当の意味で供養できる」と話している。
西日本新聞記事引用


タグ :二毛作店

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