2008年12月17日

長崎に先日行きました。

長崎の平戸に昨日行って来ました。

今日、新聞を見ていたら下記のような記事をみつけました。

母と子の間のことでも、こういう結果になるなんて悲しいですね。

長崎は、オランダと縁のある、土地です。

そういえば、オランダ村が出来た頃はよくいったな。

今は、おしゃれなレストランがあるそうですね。


長崎県大村市で10月、同市内の養護施設に入所措置となっていた小学3年の女児(9)が、母親(32)によってオランダに連れ去られていたことが16日、分かった。長崎県警は共犯の祖父ら3人を逮捕するとともに、国外移送目的略取容疑で母親を国際手配し、オランダ当局に身柄確保を要請している。

 国外移送目的略取罪で既に起訴されたのは、母親の実父の無職迫田星被告(81)=大阪府高槻市=ら。起訴状によると、4人は10月24日午後、大村市原口町の路上で女児を車に押し込め、出国目的で連れ去った。3人は「母親に頼まれた」と供述しているという。

 女児は母親から虐待を受け、施設に入所していた。県警は母親が女児を取り返そうとしたとみている。通報を受けた県警が山口県内などで3人を見つけ、翌日に逮捕したが、女児と母親は既に福岡空港から出国していた。母親は過去にオランダに住んでいたことがあるという。

平戸港ターミナルビルから東へ5分ほど歩くと、堅固な石積みの防波堤に行き着く。常燈の鼻(じょうとうのはな)。東洋最大の規模を誇ったといわれるオランダ商館(和蘭商館)の遺構だ。

 1609年5月、オランダ船2隻が平戸に入港。領主の松浦隆信を通じて日本国との通商を求めた。以来、1641年に商館が長崎・出島に移転するまでの約32年間、平戸はわが国唯一のオランダ貿易港としてにぎわった。

 商館は当初、土蔵付き民家を借りてスタートしたが、その後周囲の民家を壊して、新たに建築。本館をはじめ、倉庫、埠頭、長屋、病院、火薬庫などが整備されていった。

 しかし、繁栄はつかの間だった。1640年、鎖国政策に転じた幕府は、商館倉庫の壁にキリスト生誕を紀元とする西暦年号が記されていることを理由に商館破壊の厳命を下す。交易によるにぎわいを失った平戸は、次第に歴史の表舞台から消えてゆく。


堅固な石垣に、オランダ商館の規模の大きさがしのばれる
 現在、商館跡はカロン庭園として整備され、当時の商館のミニチュア模型が展示されている。また、周辺には破壊を免れた石塀(オランダ塀)や井戸(オランダ井戸)が残されており、大航海時代の面影を語りかけてくれる。

西日本新聞引用


タグ :オランダ

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